獣医師が解説する犬の口腔内腫瘍 症状や治療について

口腔内などの紫外線にさらされない部位の場合、メラノーマと同様に食餌やおもちゃなどによる物理的または化学的刺激、たばこの副流煙や車の排気ガス、都市のスモッグなどの環境要因、精神的なストレスなどが考えられます。また、文献によれば、パピローマウイルスとの関連も指摘されています。パピローマウイルスとは、犬の皮膚病や皮膚乳頭腫(イボ)の原因としてよく知られているウイルスの一種です。高齢な犬や免疫力の低い子犬が感染しやすい傾向にあります。パピローマウイルスに感染した他の犬の尿や唾液を介して感染するので、散歩道やドッグランなど、感染経路の多いウイルスになり、注意が必要です。

 

犬の口腔内腫瘍 扁平上皮癌になりやすい平均年齢

8〜10歳

犬の口腔内腫瘍 扁平上皮癌の好発部位(なりやすい部位)

全身の皮膚、歯肉、口唇、扁桃、舌、鼻腔、副鼻腔、肺

転移

口腔内の扁平上皮癌は、領域リンパ節(腫瘍が発生している部位に近いリンパ節)や肺への転移はまれで、20%ほどとされています。
転移率は、発生部位に依存していて、吻側(顎の手前側)では低く、尾側の舌もしくは扁桃では高い転移率を示します。
扁桃の扁平上皮癌は特に挙動が悪く、転移率も高く、73%にも及ぶといわれています。

肉眼的所見

どのように見えるかというと、赤色で、もりもりとカリフラワーのように見えることが多く、もろく出血しやすく、潰瘍をおこしていることもあります。

骨浸潤

骨浸潤というのは、つまり軟部組織に腫瘍が発生して、その腫瘍がその下の骨まで浸潤していくことをいいます。
扁平上皮癌では、この骨浸潤が非常におこしやすく、77%の確率でおこってくるとされています。

腫瘍の治療

扁平上皮癌は、一般に転移率が低いため、治療において重要なのは、原発性腫瘍のコントロールとされています。
よって、部位的に外科的切除が可能であれば、広範囲に上顎骨切除、下顎骨切除が実施されます。
また、放射線治療も単独、および外科と併用で選択されます。
(以下に各々の反応率、局所再発率、生存期間中央値、1年生存率について記載します。
)その他化学療法や、近年では分子標的剤を使用した治療も注目をあびています。

また、癌の痛みを和らげ、進行を遅らせる目的で非ステロイド性抗炎症剤(NSAIDS)もよく使用されます。

・外科治療

        • 反応性:良好
        • 局所再発:0〜50%
        • 生存期間中央値(*):9〜26ヶ月
        • 一年生存率:57〜91%

(*)生存期間中央値は、犬の患者の半分が再燃(腫瘍が再発すること)、あるいは死亡し、半分が寛解状態(腫瘍が全く認められない状態)で生存している地点です。

・放射線治療

        • 反応性:良好
        • 局所再発:31〜42%
        • 生存期間中央値:16〜36ヶ月
        • 一年生存率:72%

腫瘍の予後

一般的に、扁平上皮癌の生存期間中央値は26〜36ヶ月以内とされています。

犬の口腔内腫瘍3番目に多い~線維肉腫~

こちらも冒頭で説明しましたが、線維肉腫も皮膚癌の一種です。

皮膚の最内部にある細胞は線維芽組織と呼ばれますが、線維芽細胞は結合組織を構成する細胞でコラーゲン線維や弾性線維の産生を行っています。この線維芽細胞が癌化すると線維肉腫となります。結合組織の癌は軟部組織肉腫と総称され、線維肉腫は軟部組織肉腫の一種となります。
線維肉腫は、大型犬種、特にゴールデン・レトリバーおよびラブラドール・レトリバーでよ発生する傾向にあります。
雌と雄の発生比率は2:1で、雌に比べて雄の発生率が高いです。
上記しましたように、この腫瘍は、犬の口腔内腫瘍で3番目に発生率が高く、口腔内腫瘍の中でも8〜25%を占めるとされています。
気になる症状や治療方法などをご紹介していきます。

ゴールデンレトリバー

犬の口腔内腫瘍 線維肉腫の原因と理由

メラノーマ、扁平上皮癌も原因不明の部分が多いですが、それ以上に線維肉腫は原因が分かっていません。

癌の原因として考えられる、遺伝的な要因、物理的な要因(日光や放射線など)、化学的な要因(食餌の添加物や廃棄ガス、たばこの副流煙など)、ホルモン的要因など、考えられる因子は多岐に渡ります。

犬の口腔内腫瘍 線維肉腫になりやすい平均年齢

7〜9歳

犬の口腔内腫瘍 線維肉腫の好発部位(なりやすい犬種)

上顎歯肉、硬口蓋

犬の口腔内腫瘍 線維肉腫の転移

口腔内の線維肉腫は、局所侵襲性の非常に強い腫瘍ですが、領域リンパ節(腫瘍が発生している部位に近いリンパ節)や肺への転移は低く、30%以下といわれています。
細かな発生率では、領域リンパ節転移率は9〜28%、遠隔転移率は幅があり、0〜71%というデータもでています。

犬の口腔内腫瘍 線維肉腫の肉眼的所見

どのように見えるかというと、底面が広く堅い平滑な腫瘤として認められ、初期の段階では、歯肉の過形成と区別することは困難となります。
また、潰瘍をおこしていることもあります。

犬の口腔内腫瘍 線維肉腫の骨浸潤

骨浸潤というのは、つまり軟部組織に腫瘍が発生して、その腫瘍がその下の骨まで浸潤していくことをいいます。
線維肉腫では、この骨浸潤は多く、60〜72%の確率でおこってくるとされています。

腫瘍の治療

線維肉腫は、あまり放射線治療の成績がよくなく、第一選択は、外科的切除になることが一般的です。
可能であれば、広範囲に上顎骨切除、下顎骨切除が実施されます。
また、放射線治療も成績がよくないとはいえ、発生部位的には単独、および外科と併用で選択されます。
(以下に各々の反応率、局所再発率、生存期間中央値、1年生存率について記載します。
)その他化学療法も選択される治療の一つです。

・外科治療

        • 反応性:中等度〜良好
        • 局所再発:31〜60%
        • 生存期間中央値(*):10〜12ヶ月
        • 一年生存率:21〜50%

(*)生存期間中央値は、犬の患者の半分が再燃(腫瘍が再発すること)、あるいは死亡し、半分が寛解状態(腫瘍が全く認められない状態)で生存している地点です。

・放射線治療

        • 反応性:不良〜中等度
        • 局所再発:32%
        • 生存期間中央値:7〜26ヶ月
        • 一年生存率:76%

腫瘍の予後

一般的に、扁平上皮癌の生存期間中央値は18〜26ヶ月以内とされています。
口腔内腫瘍の死亡の原因として、遠隔転移疾患があげられることもありますが、線維肉腫は転移率がさほどでないものの非常に局所の浸潤率が高いため、局所疾患が死因になることが多いです。

犬の口腔内腫瘍4番目に多い~棘細胞性エナメル上皮腫(棘細胞性エプリス)~

口腔内腫瘍1~3位のメラノーマ、扁平上皮癌、線維肉腫はすべて皮膚癌でしたが、4位の棘細胞性エナメル上皮腫は全く異なるものになります。棘細胞性エナメル上皮腫は別名・棘細胞性エプリスと呼ばれ、エプリスの一種とされていました。エプリスは歯肉腫の総称であり、腫瘍ではなく腫瘤、分類上は良性です。ただし、棘細胞性エプリスは骨に浸潤し、骨や歯を溶かしながら広がる腫瘍のような特徴を持ち、悪性のような振る舞いを見せます。さらに棘細胞性エプリスは進行が早く注意する必要があります。このように、棘細胞性エプリスは、他の良性のエプリスと特徴が大きく異なることから、エプリスとは別分類とされ、棘細胞性エナメル上皮腫と呼ばれています。棘細胞性エナメル上皮腫は、小型犬、大型犬どちらにもおこりうるもので、シェトランド・シープドッグ、オールド・イングリッシュ・シープドッグには遺伝的素因が認められています。
気になる症状や治療方法などをご紹介していきます。

シェットランドシープドック

犬の口腔内腫瘍 棘細胞性エナメル上皮腫の原因と理由

棘細胞性エナメル上皮腫の原因は、明確になっていないところも多いですが、主な要因として、歯石や歯垢などの口腔内の汚れや歯の治療をした際の不適合歯科補綴物が原因で噛み合わせが悪くなり歯肉炎が発生し、それが刺激となり発症すると考えられています。

犬の口腔内腫瘍 棘細胞性エナメル上皮腫になりやすい平均年齢

7〜10歳

犬の口腔内腫瘍 棘細胞性エナメル上皮腫の好発部位(なりやすい部位)

吻側下顎(手前の方の下顎)

犬の口腔内腫瘍 棘細胞性エナメル上皮腫転移

口腔内の棘細胞性エナメル上皮腫は、局所侵襲性ですが、領域リンパ節(腫瘍が発生している部位に近いリンパ節)や肺への転移はおこしません。

犬の口腔内腫瘍 棘細胞性エナメル上皮腫の肉眼的所見

どのように見えるかというと、歯肉に近い色(ピンク色~褐色)のしこりができます。形状はカリフラワーのような形を呈してみられることが多いです。また、潰瘍をおこしていることもあります。

犬の口腔内腫瘍 棘細胞性エナメル上皮腫の骨浸潤

骨浸潤というのは、つまり軟部組織に腫瘍が発生して、その腫瘍がその下の骨まで浸潤していくことをいいます。
棘細胞性エナメル上皮腫では、この骨浸潤は非常に多く、80〜100%の確率でおこってくるとされています。

犬の口腔内腫瘍 棘細胞性エナメル上皮腫の腫瘍の治療

棘細胞性エナメル上皮腫は、遠隔転移をおこさないため、外科的に完全切除することにより治癒することができます。
放射線治療も状況により選択される治療の一つです。

・外科治療

        • 反応性:優良
        • 局所再発:0〜11%
        • 生存期間中央値(*):28〜64ヶ月
        • 一年生存率:72〜100%

(*)生存期間中央値は、犬の患者の半分が再燃(腫瘍が再発すること)、あるいは死亡し、半分が寛解状態(腫瘍が全く認められない状態)で生存している地点です。

・放射線治療

        • 反応性:優良
        • 局所再発:8〜18%
        • 生存期間中央値:37ヶ月
        • 一年生存率:>85%

腫瘍の予後

棘細胞性エナメル上皮腫は、遠隔転移をおこさないため、適切に診断され、治療をうけた場合、予後は優良です。

犬の口腔内腫瘍のまとめ

いかがでしたでしょうか?犬の口腔内でおこりうるトップ4の腫瘍について解説していきました。
腫瘍は早期発見がキーになってきますので、最後のまとめで、おこりうる症状について紹介しておきます。

        • 口臭
        • よだれ
        • 顔の腫れ
        • 物を噛むとき口の中を痛そうに噛み合わせる
        • 食欲の減退
        • 口からの出血
        • 頸のあたりのしこり(リンパ節の腫脹)

以上の症状が口腔内腫瘍で認められる主なものですが、これらの症状を起こしてから気づくと、かなり腫瘍が大きくなってしまっていることも少なくありません。
特に口の奥の方に発生した腫瘍は発見が遅れることが多いです。

なので、冒頭でも述べましたように、日頃から愛犬の歯磨きを徹底して、口の中のチェックを怠らないようにすることが重要です。
口の中に何かポツリともりあがっているところがあったり、色が異なる場所があったり、気になることがある場合は早めに動物病院に連れて行ってあげて下さい。

この記事のまとめ

            • 口腔内に発生する腫瘍の主要因のうちトップ3は皮膚癌(メラノーマ・扁平上皮癌・線維肉腫)
            • 次いで進行の早いエプリスの一種である棘細胞性エナメル上皮腫
            • 口腔内腫瘍の原因ははっきり分かっていないものがほとんどですが、主要因は口腔内の刺激といわれている
            • 物を噛むとき口の中を痛そうに噛み合わせる
            • 口腔内腫瘍では、中齢~高齢に多くみられる
            • 口腔内腫瘍の治療は外科的切除や放射線治療が行われる

        •   コスプレゴールデンレトリバー

        • さいごに

          口腔内腫瘍は発見が遅れると広範囲の外科的切除が行われ、トップ3のメラノーマ・扁平上皮癌・線維肉腫の場合、リンパや肺に転移し死に至ることも多いです。早期発見・早期治療が必要であり、症状である口臭、唾液過多、口腔内出血または鼻からの出血、口唇部のしこりや腫れ、食餌が摂りにくいような仕草に気づいたら、早急に動物病院に連れていきましょう。早期発見により、切除の範囲を最小限にとどめたり、再発のリスクを低減したりすることに繋がります。また、早期発見の確率を上げるためにも、定期的な健診を実施することを強くおすすめします。

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